<   2011年 06月 ( 7 )   > この月の画像一覧

梅ジュース

  ・先日、青梅を氷砂糖で漬け込みました、いわゆる「梅ジュース」です。
   子育ての頃は、梅干し・梅酒・ラッキョウ・梅ジュースなど毎年いろいろ漬け
   ました、幼稚園・学校の用事などで結構忙しかった頃と思います、が・・・
   子供達が成人してからは、すっかり忘れていました。

  ・今年も猛暑となりそうです、まだ梅雨もあけてもいないのに、晴れると真夏日の
   様な暑さになります。そこで思い出しました、昔作った「梅ジュース」です
   夏バテに効くかしら?よくは解りませんが、梅エキスはお腹にも良かったと思います。

  ・梅のエキスが出て、氷砂糖が溶けて甘いジュースが出来ます、これを少し薄めて
   氷を入れて飲みます 美味しいですよ~
   防腐剤の変わりにお酢をカップ少々入れてありますからカビは大丈夫です。
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  ・一ヶ月もすると、梅はエキスが出て小さくになってしまいます、梅を取り出して
   ・・・出来上がりです。
   7月の中頃過ぎには飲めるでしょう!今年は「梅ジュース」で暑い夏、乗りきり
   頑張りま~す。     
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by fukupon-0410 | 2011-06-29 21:13

ボランテァ団体の研修

  ・私は、市のあるボランテァ団体にこの春はいりました。今まで私は比較的遠く
   地元をはなれた場所で、自分の生き甲斐、仲間作りをしてきました・・・が・・
   考えるところもあり、身近なところで(地元)ボランテァに参加してこの先、何か
   お手伝い出来ないか?と思い、お友達のすすめで、ある団体にはいりました。

  ・この度、研修をかねた視察旅行に行ってきました。
   市の用意されたバスにて、40名の方達とともに出発しました。一部高速を使い
   同じ県内の奥、山手の方の老人施設3ヶ所の見学でした。

  ・素晴らしい施設です、館内はシーンとして静まりかえってます・・が・入居者は
   いらっしゃるのです。新しい建物でもあり清潔そのものです。
   私達も移動の度、手洗いを言われ消毒をしました。周囲は緑で空気の違いも感じます。

  ・2ヶ所目で、係りの方から館内の説明などあり 又 オーナーのプロフィールなど
   の紹介がありました。三ヶ所の施設は、同じ方の経営でなんと女性の方でした。
   三ヶ所目の所で、その女性のオーナーが(69歳)挨拶とこれまでの自歴 又
   老人施設に力をそそいだ、理由など・・話されました。

  ・69歳とは思えない若さと美しさ!自信に満ち溢れたお話、私の肩には35億の借入
   もあると・・・信念をもって、お仕事されて自信にあふれた姿は本当に美しく感じ
   同じ人間なのに?生きる世界が違ったのか?努力が違ったのか??

  ・昼食は施設の中で、薬膳料理をいただきました。自然をふんだんに取り入れた
   うどん・天ぷら・かぼちゃ・豆料理などなど

  ・帰りのバスの中、知り合った方達とお話しました。世捨て人になれなければ
   施設の生活はできないのでは?と思われた方々は多数でした。   
   
  ・やはり自力で日常生活できるのが、人間にとって一番幸せなんだと一番痛感
   した一日でした。(この研修は何が目的だったのか???)
   
      
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by fukupon-0410 | 2011-06-22 22:02

四国・4日目、松山城

  ・今日は、出発10:30分です、  朝食後、道後温泉駅前の散策となりました。
   駅前には、足湯があります からくり時計の下で、通りすがりの人達が気軽に利用
   されてました。
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  ・さぁ~ホテル 10:30分出発で<松山城です>

  ◎松山城(金亀城・勝山城)
  ・松山市の中心部、勝山山頂に本丸を構える平山城です。大天守・小天守・南隅櫓と
   北隅櫓を渡り廊下で結んだ日本三大連立式平山城で、姫路城と同じです。
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  ・1604年、伊予国正木(松前)城主 10万石の大名だった 加藤嘉明が、関ヶ原の
   戦いで功績を上げ20万石加増されて、二の丸・三の丸を有する平山城の築城に着手
   しております。
   1603年(慶長8年)10月嘉明がこの地を「松山」と呼ぶこととして松山という地名
   が公式に誕生しております。
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  ・1635年、7月に松平定行が15万石の藩主となり、以降松山藩は、四国親藩として
   235年続き、明治維新を、迎えております。
   1784年(天明4年)天守を含む主な建物が、落雷により焼けてしまいました。が・・
   1854年(安政元年)2月8日、時の藩主 松平勝善が、天守本壇を再建完成しております
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  ・1867年(慶応3年)大政奉還により松平定昭幕府老中職辞任・・・
   1871年(明治4年)廃藩置県で、松山藩から松山県となっています。
   1873年(明治6年)廃城令により同年に愛媛県が成立しております。
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  ・1891年(明治24年)正岡子規が「松山や、秋より高い 天守閣」の俳句の発表を・・・
   又 明治28年には「春や昔、十五万石の 城下哉」の句を詠んでいます。
  ・現代 1955年(昭和30年)にはロープウエイが又1966年(昭和41年)にはリフトが
   登城客の利便をはかるため設置されています。
  ・2004年(平成16年)よりおこなわれていた大天守閣ほか、6棟の改修工事は平成18年
   11月末に完成して、改修記念に、大天守の「しゃちほこ」「天丸」「まつ姫」の愛称が
   公募によって、つけられました。
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  ・城内には、全景を描いたのか?写真なのか?解りませんが屏風が飾られてましたので
   余りきれいなので、最後にワンショット パチリ
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  ・この日、「松山城」を最後に、松山空港15:15分発にて東京羽田に帰ってきました。
   今年は、半月早い梅雨に入りましたが、4日間素晴らしい天気に恵まれ、良い旅が
   でき幸せでした。(一緒に荷物を持ち歩いてくれました同居人さん、ありがとう~)
   
   
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by fukupon-0410 | 2011-06-15 14:54

四国・3日目

  ・今朝は、コンビニに野菜を買いに行きました。宿の朝食は和食です、お刺身は
   コリッとして美味しいのですが、お野菜が足りなく、同行の同居人 いざ!鎌倉~
   お出ましにならない・・野菜をドサッと食べたい?と言い出しました。
   
  ・個人旅行の場合ホテルを利用しますから、朝はバイキングで野菜はたっぷり食べる
   ことができますが、ここは和風旅館 まったく~世話のやける同居人!
   (昨夜自宅に荷物送りました~その時一緒に?エッッそ~んなこと思いませんよ)

  ・8時に出発、今日はほとんど移動の時間になり四万十川に向ってバスは走ります。
   四国は、山が多いですね 部分的に集落で住居があり 又 斜面に住居が点在して
   います。今回の地震を考えると四国は、地震が少ない所なのでしょうか?
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  ・四万十川の遊覧は、前回 乗っているため取りやめました。その時間、船着場
   近くに「沈下橋」があると言うことで見に行きました。沈下橋は増水すると沈んで
   しまう橋ですが・・・どうってことはありません、橋には欄干がないのです。
   一歩間違えば ドボーン 都心では大変な話です。(全国には数十箇所あるとか?)
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  ・同居人さん バック バック?おっとと 危ないですよ お気お付けあそばせ!
  ・船着場に咲いていました、何色も入ったお花、地元の方に名前お聞きしましたが!
   忘れてしまいました、私はシルバーなんです(どなたか教えてくださいな~)
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  ・昼食後、道後温泉 松山に向って移動です。道の駅で休憩、旅も3日目お財布も軽く
   なってきました。走り出して間もなくガイドさんが、突然 右手 々 宇和島城ですよ
   と 教えて下さいました、ズームで引っ張りますが動く車内からは無理でした!
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  ・朝、高知を出発して海岸辺りを道後温泉めざして長い なが~い移動でした。
   最後、内子の町並みを散策して6時 ホテルに着きました。

  ・いよいよ明日は、今回の旅行の目的地「松山城」楽しみです。露天風呂でゆっくり
   疲れをとり、明日のため早く休みます。



  
   
   
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by fukupon-0410 | 2011-06-09 22:14

高知城

  ・高知城は、1601年~1611年 と 完成までに10年の月、日がかかっています。
   1727年、完成から110年後に城下町の大火で大半を焼失しております。
  ・1746年、深尾帯刀に任命して再建にかかり、そして25年後すべての建物が、再完成
   しております。
  ・明治4年(1871年)やはり廃城令により天守閣など一部を残して、取り払われて
   しまいました。昭和9年(1934年)重要文化財となっています。
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  ・山内一豊は、1545年尾張国葉栗郡黒田に生まれました。織田信長の家臣であった
   秀吉に仕え、越前朝倉攻めで武力を上げ、400石の領地を与えられ又本能寺の変で
   信長が死去、秀吉の配下で数々の功績を重ね、近江長浜2万石、遠州掛川5万石を
   与えられ、築城や・城下町経営に手腕を発揮、慶長5年(1600年)関ヶ原の戦いでは
   徳川方に見方して、土佐一国を与えられました。
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  ・当時の土佐は、長宗我部盛親の遺臣が、城(浦戸城)明け渡しに反対一揆を起こし
   ましたが、井伊直政と一豊の弟、康豊が派遣されております。
   一豊は慶長6年(1601年)1月8日に浦戸城に入城しております。
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  ・高知城を後に宿に入りましたが、お城巡りは体力が勝負!なにしろ歩きます
   私は、ここ3年~4年になりますか?毎日(少々の雨でも)夕食後8000歩程かかさず
   歩いています。今夜も温泉に入りゆっくり足揉みしま~す。
  ・そうだ、私は風邪引きでしたね~高知城に忘れてきました~
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by fukupon-0410 | 2011-06-08 14:43

四国・二日目

  ・香川県から高知県に移動です。かなりの山間部を右~左と くねりながら バスは
   走ります。四国には、平家の落人のこぼれ話がたくさんあります。
   
  ・その中で、祖谷のかずら橋(日本三大奇橋のひとつ)は「白口かずらのつる」で
   出来ています。
   かずら橋も平家が、掛けたものとか?追っ手が来た時切り落とせるとか?の話が
   残っています。 私達もその、かずら橋を渡ることになりました。

  ・足元は、10cm間隔で空いています。つり橋ですから揺れます、足元を見ないで渡る
   わけにはいきません、いやでも谷底がみえます。編込まれたつるにしがみつく様に
   何とか渡りました。
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  ・同居人も頑張って渡っています(無理してカメラなんか向けて~足ふるえてる?)
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  ・その後、桂浜を散策して・・坂本龍馬さんに挨拶し高知城へ~と向いました
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by fukupon-0410 | 2011-06-07 22:02

四国の旅 (高知城・松山城巡り)

  ・羽田12:40分のフライトで四国に入りました。不安定な天気で気温も春なのか?
   夏なのか、わかりません。
   私は、朝起きたときから風邪気味になっていて喉が痛いのです。まいったな~でも
   がんばらねばなりません、待望のお城巡りです。
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  ・一日目、天候には恵まれました。四国には13:50分に着き、迎えのバスにて
   鳴門大橋に・・・ ここは昨年<姫路城>をたずねた折、渡りましたが!前回も今回も
   渦潮は見る事は出来ませんでした。(今日は18:00からです)
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  ・四国は、観光地ではありますが、まだ々山や川に恵まれ自然がいっぱい、大半が山です。
   今日は、このまま宿に・・・熱はありませんが、喉が相当炎症おこしてるのでしょう
   一日中、水を口に含み喉にうるおいを与えながら過してきました。飛行機の中もバスの
   中も空気が乾燥しています。
   温泉にゆっくり入り、今日一日の疲れをとれば明日は元気になるでしょう~
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by fukupon-0410 | 2011-06-07 10:27